【ニューヨーク】『The Power Broker』 by Robert Caro の感想・レビュー
今回は、『The Power Broker』 by Robert Caroを取り上げてみたいと思います。
この本はアメリカの大学院でクラスメートらにお勧めしてもらってから、ずーっと挑戦してみたかった本です。特にニューヨークに住んでいたので、ニューヨークの歴史も分かるので、非常に気になってしました!
読むのは大変でしたが、本当に沢山のことを学べました。
【一言でいうと】
この本を一言で表すのは大分難しいのですが、
・ニューヨークの都市開発に大きな影響を与えた、Master Builderロバート・モーゼス(Robert Moses)の人生を通じて、むき出しの政治を描く!
という感じにしてみましょう。
【内容】
- ロバート・モーゼスは1920~60年代に活躍したニューヨーク史上最強の公務員です。彼はNY州やNY市に、橋・道路・公園などを建てまくり、Master Builderと呼ばれています。
ジョーンズ・ビーチ、国連本部、リンカーンセンターなど有名どころの施設の設計も彼が主導しました。ニューヨークを訪れた方は、「絶対に」彼が関わったプロジェクトに触れているはずです(あるいは車でNYを移動したことがある方はモーゼスがつくった道路を使った可能性が高いです)。 - さて、作者のRobert Caroは、Political Powerをモーゼスの人生を通じて描きたいと言っていたのですが、興味深いのはモーゼスは政治家ではなく公務員なのですね。彼は公務員にもかかわらず、どの政治家よりも強い力をつけていきます。
どのようにPolitical Powerを集約し40年間もNYの政治のトップに君臨し、巨大なインフラを建てまくっていったのか・・・作者の超綿密な取材で描かれています。 - これはネタバレですが、彼の力の根源は、Public Authorityのトップだったことでした。日本語でいうと、公団とか特殊法人とかそういうものでしょうか。これらの法人は政府から独立しつつ、パブリックの仕事をしますよね。
モーゼスはこの公団という枠組みを利用して、絶妙に政府から独立しつつ、利権を操ることで絶大な政治力を蓄えていきます。Public Authorityの長を解任する力はニューヨーク市長には当然あったのですが、どの市長もクビにできず、40年間もニューヨークの政治に君臨し続けたんですね。
【洋書としてのレベル】
- 1162ページあるので、普通の本5冊分くらいでしょうか。キンドル版もないので、百科事典のような単行本を読むしかありません・・・ただ、読みやすくは書かれております。にしても長かった。。。
【感想・考察】
- さて、僕の感想の一つ目は、この本は、「大きな仕事を実現するには、優秀な実務家の力と、強力な政治家の力が必要」ということを教えてくれるということですね。
モーゼスはとにかく優秀な実務家でしたが、当初、彼が作ったアイディアはことごとく挫折します。彼はその挫折の理由を、彼のアイディアを推してくれる政治力がいなかったからだと気づきます。いかに素晴らしいアイディアでも、やっぱり少なからず反対する人はいます。それを押し切ってでもアイディアを実現に持っていける政治力が必要だったんですね。 - 逆に、政治家が輝かしい公約を掲げても、実務を支える官僚機構がしっかりしていないと絵に描いた餅になってしまいます。政治主導と叫ばれて久しいですが、政治主導の後ろに実務部隊がしっかりとついてこないといけません。
モーゼスは、最高に優秀な実務家であって、彼が回りの政治家を巻き込んでいくのに成功していくと、史上最大規模のインフラ事業がスタートしていったのですね。
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- 次に、この本が描いているニューヨークの都市開発で印象的なことを振り返ってみたいと思います。
- モーゼスのインフラ整備は差別的であったこと。彼は電車や地下鉄には一切投資をしようとせず、道路ばかりを建てまくります。この理由の一つは、電車ユーザーは車を持てない人(低所得者層)だったからでモーゼスは彼らのためにインフラ整備を使用としませんでした。
この結果、ニューヨークの公共交通機関の開発は非常に後れることになりました。また、ジョーンズ・ビーチに黒人を入れないようにするとか、ハーレムには児童公園をつくらないとか、モーゼスの意思決定に人種差別が重要な役割を果たしています。 - 輝かしいインフラの裏に退去させられた低所得者層がいるということ。国連本部とかリンカーンセンターとか、数々の道路の建設の裏には、それを建てる前にそこに住んでいた人たちがいて、その人たちの生活・コミュニティが破壊された歴史があるんですよね。
作者のCaroは非常に綿密にモーゼスに破壊されたコニュニティを取材していて、ピカピカの施設の功罪というのについても考えさせられます。 - 都市開発史自体としても興味深いこと。モーゼスは前述のとおり道路を建てまくりますが、道路を建てても全くニューヨーク渋滞は解消せずに、むしろ悪化するというパラドックスに陥ります。
道路の存在が車の需要を喚起し、結局は渋滞を生む、そして今度はその渋滞解消のために道路をつくる・・・という悪循環に陥り、道路と公共交通機関の「バランスの取れた」インフラ開発が必要だったのに、しなかった悪例としてニューヨークが見事に描かれています。
以上のように、この本は、モーゼスの人生・ニューヨークの政治・都市開発の歴史など、色々な側面があって、どの角度からも楽しめると思います。
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- そして最後に付記したいのは、Caroの描写ですよね!
作者の取材力は本当にすごいと思います。読んでいると情景が「立体的に見える」くらいの描写です。しかも淡々と描写しているかと思いきや、いつの間にか、サーカズムが混じってきて、最後にはユーモラスになって、何回も笑わせられます。
長い本なのですが、時々こういうネタもあって、どんどんCaroの術中にはまっていく感じです。 - そしてまるで大河ドラマのようにも楽しめます。
モーゼスを取り巻く重要人物やライバルが、アルスミス、フランクリン・ルーズベルト、ラガーディア、ロックフェラーなど順番にでてきて、むき出しの激しい政治闘争を繰り広げます。
モーゼスの青年期から老年期までの間にモーゼス本人もどんどん変化していくので、一つの長いドラマを見ているような気持ちになりました。
今度ニューヨークに行ったときは、リバーサイドパークや、セントラルパークのTavern on the GreenやCentral Park Zoo、ニューヨーク市長の家(Gracie Mansion)など、そんなに観光地っぽくないけど、モーゼスの戦い地を散策してみたいと思います^^